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大阪家庭裁判所堺支部 昭和35年(家)160号 審判 1960年8月31日

申立人 川井明(仮名) 外四名

相手方 川井保子(仮名)

主文

一、被相続人亡川井弘一の遺産を次のとおり分割する。

(1)  大阪府南河内郡○○町大字○○二五三番地の一

(イ)  宅地 一二六坪四合一勺

同所同番地の七

(ロ)  宅地 四三坪三合

同所同番地の八

(ハ)  宅地 三四坪三合

同所同番地上(登記簿上は○○町大字○○○○住宅地第一〇街劃第一区割地上)

家屋番号 第三〇七番第一号

(ニ)  木造瓦葺平家建居宅一棟

建坪 三一坪七合

(2)  電話加入権(狭山局○○番)

以上(1)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)及び(2)は申立人明同美津同幸子同賀子の共有とする(但しその持分は均等)

(3)  堺市△△△△町△四丁一三〇番地の三

(イ)  宅地 一五坪四合

同所同番地上

家屋番号同町二七七番の六

(ロ)  木造瓦葺二階建居宅

建坪 九坪九合一勺 弐階 坪六坪七合二勺

以上(3)の(イ)(ロ)は申立人良子の単独所有とする。

(4)  別紙遺産目録「有価証券の部」に記載の株式のうち

(1)乃至(8)は相手方保子が

(9)(10)は申立人幸子が

(11)は申立人賀子が

それぞれ単独取得する。

(5)  株式会社○○質店への出資額(又はこれに相当する同社株式)は申立人五名及び相手方の共有とする。

(6)  別紙目録「動産」の部に記載の家財道具のうち

碁盤(目録の五)、伊万里の寿司皿一〇枚(目録の三六)、伊万里大皿二枚(目録の三七)は申立人美津が、

掛軸ひな(目録の一五)同慶春(目録の一六)は申立人良子が

油絵ばら(目録の六三)花瓶二個(目録の二四、二八)は申立人幸子が

それぞれ単独取得しその余は全部申立人明相手方の共有とする。

(7)  申立人明同美津同幸子同賀子及び相手方保子は、いずれも相続分を超過して相続財産を取得した代償金として、

申立人良子に対して

申立人明同美津は各自金四万〇三〇〇円

申立人幸子は金九五、〇〇〇円

申立人賀子は金九〇、三〇〇円

相手方保子は金五七、四〇〇円

をそれぞれ支払うこと。

(8)  相手方は申立人明同美津同幸子同良子に対して

上記(1)(イ)(ロ)(ハ)(ニ)記載の土地家屋を明渡すこと。

(9)  相手方は申立人美津同良子同幸子に対し、上記(6)記載のとおりそれぞれの物件を引渡すこと。

二、本件手続費用のうち、鑑定人佃順太郎に支払つた金三、〇〇〇円は申立人明同美津同幸子同賀子四名の負担とし、鑑定人森島四郎に支払つた金三、〇〇〇円は申立人良子の負担とし、その余の調停及び審判費用は各自弁とする。

理由

調査の結果によると、以下のことが認められる。(調査の結果は記録綴込の各証拠関係書類に明かである。)

一、相続人

被相続人は昭和三十三年十一月八日に死亡しその遺産相続はこの時に開始しその共同相続人及び相続分は次のとおりである。

(イ)  相続人

申立人 吉村美津 被相続人の長女(大正七年一月十九日生)

申立人 田中良子 被相続人の三女(大正十年十一月二十六日生)

申立人 川井明  被相続人の長男(大正十五年七月十一日生)

申立人 山田幸子 被相続人の四女(昭和三年二月二十七日生)

申立人 大川賀子 被相続大の五女(昭和五年二月十六日生)

相手方 川井保子 被相続人の二女(大正九年二月二日生)

(ロ)  相続分

共同相続人は以上(イ)のとおりであり、しかも本件では適式の遺言がないから、上記相続人の相続分は法定相続分どおり均等で六分の一宛である。

二、相続財産とその現況及び評価額

(一)  不動産

(A)  大阪府南河内郡○○町大字○○二五三番地所在の土地家屋(以下においては便宜、○○又は○○家屋不動産などと略記する)

(イ) 大阪府南河内郡○○町大字○○二五三番地の一

宅地 一二六坪四合一勺

(ロ) 同所同番地の七

宅地 四三坪三合

(ハ) 同所同番地の八

宅地 三四坪三合

以上宅地三筆合計二〇四坪一勺(実測坪数は二五六坪一勺)

この価額、一六〇万円(鑑定の結果によると一四二万八〇七〇円とあるが、実測坪数が二五六坪一勺であること、所在地が南海高野線沿線の比較的便利で閑静な住宅地街にあること、その他現地調停の際知り得た事情などを綜合して上記のとおり評価する)

(ニ) 同所同番地(登記簿上は○○住宅地第一〇街劃第一区劃地上)

家屋番号 第三〇七番第一号

木造葺平家建居宅一棟

建坪 三一坪七合

この価額、七八万四五七五円

以上の土地家屋の合計価額 二三八万四五七五円

(B)  堺市△△△△町△四丁一三〇番地の三所在の土地家屋(以下においては便宜、△△又は△△家屋不動産などと略記する)

(イ) 堺市△△△△町△四丁一三〇番地の三

宅地一五坪四合

(ロ) 同所同番地上

家屋番号同町二七七番の六

木造瓦葺二階坪居宅

建坪九坪九合一勺 二階坪六坪七合二勺

以上(イ)の(ロ)と合計価額、二五万円

この土地家屋については、下記に認定のこれら物件使用の経緯とその経過からみて申立人良子の夫田中治が賃借権を有すると認められること、及び今後も同人ら家族において引続き居住するものと思われるし、同家屋は四戸一棟のいわゆる棟割の一戸で、その四戸とも被相続人の所有であつたが、そのうち三戸を被相続人が生前他に売却したもので、昭和二十八年と同三十二年に売却した一戸(坪数に若干差異がある)の価額はいずれも十七万円であつたこと、並びに該家屋の保存修理に要した費用は申立人良子とその夫において負担してきたこと、及び各鑑定の結果(この土地家屋を明渡して売却する場合の価額は、鑑定人佃順太郎の鑑定結果によると八〇万六七四三円、鑑定人森島四郎の鑑定結果によると五〇万円。なお適法な賃借権ある状態で第三者に売却する場合の価額は、前者の鑑定では二四万二〇二二円、後者の鑑定では一五万円である)を併せ考えて、土地建物を一体として綜合的に評価して二五万円と認めた。

(二)  有価証券

(1)  日本鉱業株式  一、五〇〇株

(2)  新日本窒素株式 一、〇四〇株

(3)  川崎重工業株式   五〇〇株

(4)  天辻鋼球株式    五〇〇株

(5)  大阪商船株式  二、〇〇〇株

(6)  栗本鉄工株式    二五〇株

(7)  倉敷機械株式    一〇〇株

(8)  大阪曹達株式  二、〇〇〇株

(9)  呉羽紡績株式    五〇〇株(相続開始後申立人賀子が遺産の前渡しとして受領したもの)

(10)  栗本鉄工株式 七五〇株(相手方名義となつているが、被相続人が生存中その支出していた生活費で買い付けその株式名義を形式上相手方としただけのものであるから遺産と認められる。)

(11)  川崎重工業株式 五〇〇株(相続開始後申立人幸子が遺産の前渡しとして受領したもの。)

ところで上記株式のうち、(6)の栗本鉄工株式のうち二〇〇株(9)の呉羽紡績株式五〇〇株(11)の川崎重工業株式五〇〇株を除き、爾余全部は相手方がこれを占有保管してきたもので、その一部を下記のように売渡してその売渡代金を全部取得している。なお(6)の二〇〇株及び(11)は申立人幸子が(9)は申立人賀子がそれぞれ遺産の前渡しとして受領後保管し後日売却したものである。

そこで、有価証券の評価額は、上記売渡したものについては売渡によつて取得する金額(売渡日の時価)とし、その余のものについては現在の時価とすると、下記のとおりである。

(1) 日本鉱業株式 一、五〇〇株

昭和三十四年一月七日に   五〇〇株(一株九三円)

同 三十五年三月十五日に  五〇〇株(同一〇七円)

同 三十五年三月三十一日に 五〇〇株(同一〇五円)

をそれぞれ売渡したもので、売渡によつて取得する金額は一五万二五〇〇円である。(取得金額については売渡代金からいわゆる売買手数料を差引くべきであるとの見解もあるが、一般に遺産の分割取得者が分割取得後その遺産の売却その他に要する費用は、当然にその者の負担に帰すべきものであるし、本件では申立人幸子同賀子及び相手方が上記株式を占有保管中その意思で自由に処分しており、しかも後記のように上記株式をそれぞれその処分をした者に割当て取得させるのが適切と認められるから、上記株式の売買手数料はその分割取得者である同人らに負担させるのが相当であり、従つて取得金額は売渡代金額そのものであつて、これから手数料を差引いたものとすべきではない。以下同じ。)

(2) 新日本窒素株式 一、〇四〇株

昭和三十三年十一月二十九日無償新株四一株及び同三十四年五月二十九日に無償新株三株を取得し一、〇八四株となる。

同 三十四年一月二十七日に 五〇〇株(一株八九円)

同 三十四年三月三十一日に 五〇〇株(一株九七円)

同 三十五年二月十六日に  四〇株(一株一五八円)

同 三十五年三月十九日に  四四株(一株一四八円)

それぞれ売渡し、以上の取得金額は一〇万五八三二円である。

(3) 川崎重工業株式 五〇〇株(被相続人名義)、五〇〇株(申立人幸子が遺産の前渡しとして受領したもの)

(イ) 昭和三十四年一月十六日に五〇〇株(一株六九円)を売渡したものでその取得金額は三万四五〇〇円である。

(ロ) なお申立人幸子が受領して売却した五〇〇株についても同額と認める。

(4) 天辻鋼球株式 五〇〇株

昭和三十五年三月二十五日に 四〇〇株(一株九六円)

同 三十五年三月三十日に  一〇〇株(一株九四円)

をそれぞれ売渡し、以上の取得金額は四万七八〇〇円である。

(5) 大阪商船株式 二、〇〇〇株

この価額は五万六〇〇〇円(一株二八円)と認める。

(6) 栗本鉄工株式 二五〇株(被相続人名義)、七五〇株(相手方名義)

(イ) 昭和三十四年一月六日に被相続人名義の二〇〇株については、申立人幸子の夫山田新一に名義書換がなされているが、それは形式上のことで、実質は上記のとおり申立人幸子が遺産の前渡しとして受領した後売却処分したものであつて、その取得金額は、後記五〇株の価額と同一とみて、二万〇二〇〇円と認める。

(ロ) その余の五〇株は昭和三十五年三月三十日(一株一〇一円)に売渡し、その取得金額は五、〇五〇円と認められる。

(ハ) 昭和三十五年三月三十日に 二五〇株(一株一〇一円)

同三十五年五月三十一日に 五〇〇株(一株一一〇円)

をそれぞれ売渡したもので以上の取得金額は八万〇二五〇円と認められる。

(7) 倉敷機械株式 一〇〇株

この価額は八、八〇〇円(一株八八円)と認める。

(8) 大阪曹達株式 二、〇〇〇株

昭和三十三年十一月二十九日に二、〇〇〇株(一株七〇円)を売渡したもので、売渡取得金額は一四万〇〇〇〇円と認められる。

(9) 呉羽紡績株式 五〇〇株

申立人賀子が、上記幸子の場合と同じく遺産の前渡しとして受領し後に売却したもののようであるが、売却の時期及び売却したか否かも判然としないので現在の時価(一株一〇〇円)によつて五万〇〇〇〇円と評価する。

(三)  預金及び現金

富士銀行北浜支店預金一〇万円及び現金若干(ごく小額と認められる)これらは後記三の(2)に記載のとおり相続財産の支弁すべき葬式費用に全部支出したと認められるので、遺産分割の対象としては存在しないことになる。

(四)  動産

遺産に属する動産とその現況については、相手方が当裁判所の調査を拒否するので詳かにすることができないが、申立書の記載及び申立人らの供述によると、金額にして全部で一〇万乃至一五万円程度のものに過ぎず、しかも個々の物件の価格も明かでなく、またこれを容易には明かにし難い事情にあることを考慮し、更に申立人らの主観的な愛着希望などを斟酌すると、特に分割のため遺産の価額として計上することなく、後記のとおり一応各相続人に分割取得させ必要あれば更に後日の協議に委ねるのが公平かつ適切であると考えられる。

(五)  電話加入権

狭山局○○番、この価額は調査の結果により七万円と評価する。

(六)  株式会社○○質店への出資金(又はこれに相当する同社の株式)これについては、申立人らは一五万円と述べ、相手方は三五万円と主張する。調査の結果によると、被相続人が昭和二十四、五年頃太田忠市と共同で質商を営むに際して一五万円を出資したものであるが、その後昭和二十八年頃その質屋営業を株式会社組織に改めて後は、同出資額相当の株式として存在することになつた筈のものであるが、株券も未発行だしその現在の価額も明かでなく、更に上記島田は、この出資額乃至株式について、後記のように○○質店の被相続人に対する債権約七万円と相関的に一拠に解決することを強く希望していることなどからみると、これを特に分割の対象としての価額に数額的に計上し相続人の特定の者に割当て取得させることは、徒らに分割手続を遅延させ又紛糾させるおそれもあつて適切ではないので、後記のように価額未定の状態で相続人全員に取得共有(持分は勿論均等)させることとする。

以上のうち、(三)の預金は上記の理由でこれを除外し、(四)の動産及び(六)の○○質店への出質金は上記それぞれの事由で一応別に考慮するとすれば、ここで分割の直接の対象とすべき遺産の総価額は

上記の(一) 不動産

(A)  ○○不動産 二三八万四五七五円

(B)  △△不動産 二五万

(二) 有価証券 七三万五四三二円

(五)  電話加入権 七万円

の合計金三四四万〇、〇〇七円と評価される。

三、相続債務及び相続財産が支弁すべき諸費用

(1)  相続債務としては、上記○○質店(代表者太田忠市)が、被相続人に対し金七万円の損害賠償債権を有することを主張し、かつこれをこの手続で処理することを希望する。

しかしながら、元来遺産分割の対象たる相続財産は積極財産に限られ債務を包含しないものであるから、遺産分割の審判においては、特別の事情(例えば家事審判法第一二条同規則第一四条に則り債権者を特に手続に参加させて債務関係をも併せて処理するのが諸般の状況からみて便宜かつ適切であるような場合など)のない限り、一般に債務の分割を考慮するを要しない。

そこでこの相続債務については、その存否及び金額が必ずしも明かでないし、又その債務の性質及び上記被相続人の○○質店への出資の性質乃至態様などを勘案すると、上記太田の希望に拘らず、債権の存在を主張する○○質店と共同相続人全員との問題として別途の処理に委ねるを相当とする。

(2)  相続財産が支弁すべき葬祭費用等

葬祭費用等(いわゆる葬式費用の外それに附随して要した費用及び被相続人の死亡前後に要した費用)としては、相手方が述べるように一〇万円要したものと認められるところ、被相続人の社会的地位その他からみてそれ相当額の香典等に併せて上記富士銀行の預金一〇万円と現金若干を以てまかなわれたとみるのが相当である。(相手方は上記一〇万円を引出して後自宅で保管中葬式の混雑にとりまぎれ二回にわたり合計七万五千円を盗まれたと述べるが、被害事実の有無及び被害額が必ずしも明かでないので、上記のように判断した。)

四、各相続人の個別事情

(1)  申立人美津

美津は、女専を卒業し吉村正雄と婚姻(届出は昭和十四年二月十日)したが、婚姻に際しては当時の若い医師としての夫の境遇収入等を考慮して嫁入道具としては差し当つて必要なものにとどめ、その代りに他の相続人らの嫁入道具にかけた経費に相当し或はやや上廻る程度の金員を持参金とした。夫正雄は医学博士で現在医科大学の教援をしているが、その資産としては現住の家屋以外にはみるべきものなく、その収入も一般公務員並みで特に高額であるとはいえない。夫との間に二男一女があり、まずは平穏堅実な中流家庭である。

なお遺産分割については、法定相続分に相当する額を金銭で取得することを希望し、動産については碁盤おひなの掛軸伊万里の大皿その他の取得を希望している。

(2)  申立人明

明は、阪大附属医専を卒業し、佐野洋子と婚姻(届出は昭和二十九年十月二十八日)しその間に二男をもうけ、現在は一流生命保険会社に医師として勤務し月収約五万円を得て社宅に居住し中流程度の生活を送つている。婚姻の際及び婚姻後、被相続人から何ら経済的な贈与乃至援助を受けなかつた。資産としては小型自動車ルノー一台の外みるべきものはない。

なお遺産分割については、嘗ては相手方の不幸な境遇に同情し遺産総額を約二五〇万円とみてほぼその半額に相当する現金一〇〇万円と有価証券を相手方に分割取得させ、爾余を申立人らにおいて分割することなど相手方に極めて有利な提案をしたこともあるけれども、この案でさえも相手方の納得を得られない以上、現在では不動産等を売却しその売得金を相続分どおり平等に分割取得する外はないと考えている。

(3)  申立人良子

良子は、旧制高女卒業後家庭科を修め、田中治と婚姻(届出は昭和十九年五月六日)したが、婚姻に際して数荷の嫁入道具を持参した。夫治は機械商をしており、その間に一男一女がある。同人ら家族は、終戦後満洲から引揚げて暫時被相続人方に身を寄せたが、その後△△家屋が空いたので被相続人の勧めに従いこれに入居し、近隣の被相続人所有貸家の管理に当りつつ爾来昭和三十二年末まで十余年の間近隣並みの家質を支払つて居住を続け、その後は被相続人との協議で家質に代えてこの家屋の固定資産税を負担して支払い現在に至つたものである。

なお遺産分割については、先ず現に居住する△△の土地家屋の取得の外残余があれば相続分に相当するまで金銭で取得することを希望し、動産に関してはおひなの掛軸その他を希望している。

(4)  申立人幸子

幸子は、女子医専を卒業し山田新一と婚姻(届出は昭和三十一年一月十八日)したが、婚姻に際しては嫁入道具として整理箪笥洋服箪笥鏡台ピアノ等を持参し、なお被相続人の生存中同人から困つたときの費用として金六万円の贈与を受けた。この六万円は、実際には被相続人が○○質店へ幸子名義で貸付けていたものでその死亡後本件調停進行中に、幸子が相手方を介して○○から返還を受けたが、これを独り占めすることをはばかり、申立人賀子にその海外出発前その準備の一助にもと考えて半額三万円を分与した。この外相続関始後遺産の前渡しとして申立人明らを通じて川崎重工業株式五〇〇株栗本鉄工株式二〇〇株の引渡を受けた。夫新一は一流電機会社の中堅社員で、幸子は医師の資格を有しているが現在のところ無職である。

なお遺産分割については、自己の相続分相当額の金銭取得を希望しているが、他面一人暮しの相手方が将来困窮することも予想されるので、将来を考慮すると遺産の一部を現状のまま保存しておいて相手方の将来に備えるのもひとつの方法だと考えている。動産についてはばらの油絵花瓶(河合作)その他を希望している。

(5)  申立人賀子

賀子は、旧制高女卒業後専門課程二年を修学し、大川実と婚姻(届出は昭和二十八年六月一日)したが、婚姻に際して数荷の嫁入道具(その程度は、戦後被相続人の経済事情が盛時に比して悪くなつた頃嫁いだので、長姉二姉三姉より悪く末姉幸子とほぼ同じと認められる。)を持参し、なお申立人幸子から上記のように同女が亡父から受けていた金六万円の半金三万円の分与を受けた。この外相続開始後幸子と同じように遺産の前渡しとして呉羽紡績株式五〇〇株の引渡を受けた。

遺産分割については、同女が現在商社員たる夫と共に海外にあること及び海外出発前金銭分割を強く希望していたことなどから考えて、相続分相当額を金銭で取得することを希望するものと認められる。

(6)  相手方保子

保子は、旧制高女卒業後佐藤悟と婚姻(届出は昭和十七年三月二十八日)し、婚姻に際しては数荷の嫁入道具を持参したが、婚姻生活が旨くいかなかつた為め一年足らずで離婚(届出は昭和十七年十二月二十二日)し、爾来実家へ戻つて父母の扶養を受けて共に生活してきたが、父母死亡後も本件遺産である○○の家に唯一人で居住し、該家屋と共に全遺産(△△の不動産を除く)を独占して管理支配し、またその一部である株式を売却して生活費などに充てながら現在に至つたもので、無職でありこれという資産収入はない。

遺産分割については、下記五の遺産分割の経過に摘記したとおり相手方は、格別の生活能力がなく独立して生計をたてる意慾に欠け専ら本件遺産に依存して生活する外はないところから、申立人らからの分割協議の申入れに快よく応ずることなく、調停甲立後においても一応は協議応諾しながら後日翻意し、遂には理由のない取下を一方的に主張し調停審判を事実上拒否する態度に出たものであるが調停の経過に徴すると、近時の地価昂騰の趨勢を考慮し、申立人らの意向を無視しても自己に最も有利と思われる時期まで何年でも遺産分割を引き延し、値上りを俟つて売却して分割することを希望しているものと認められる。

さて叙上の相続人の各事情及びその他の諸事情によると、被相続人の生存中に相続人全員が被相続人から受けた教育のための学資及び申立人明を除きその余の相続人らが受けた嫁入道具乃至嫁資には、その程度に若干の差異が認められる。しかしながらこの学資及び嫁資等は、いずれも亡父母が生前その時々の境遇経済力に応じて子女の教育及び婚姻に親としての自然の愛情に基き配慮した結果に外ならぬことをうかがうことができるので学資については、後記申立人明につき斟酌すべき点を除外すれば申立人のうち二名が医学教育を受けたことを考慮しても、被相続人生前の資産収入及び家庭事情に照らし、扶養の当然の延長としてこれに準ずるものとみるのが相当であるし、嫁資等については、戦後老境にあつた被相続人の経済力を考慮しても、申立人美津同良子同幸子の供述に照らし特に取立てて考慮しなければならない程に差異ありとは認められないばかりか、被相続人らの間にこれにつき格別の不平不満がなく、又本件手続中これを特別受益として遺産の額に加算すべきであるとの主張も希望も全くなかつたことなどから考えると、ほぼ同額程度を受けたものと認められ、なお申立人明についても嫁資こそ受けていないが他の相続人に比して高度の医学教育従つて多額の学資を受けた点を斟酌すれば、生計の資本として上記嫁資相当額の贈与を受けたと解するのが相当である。してみるとこの学資と嫁資等はいずれも本件手続では分割の対象として考慮する必要がないと認められるので、分割対象の価額には計上しないことにした。

次に申立人幸子が贈与を受けた六万円は、その金高及び上記受領並びに受領後分与の経続からみて、単純な贈与と認められ、同女に生計の資本として贈与したものでないこと明かであるから遺産分割の対象たる相続財産に加算すべきものではない。

五、遺産分割に関する当事者の協議及び調停審判の経過

被相続人が死亡後、相続人である申立人及び相手方は、遺産の管理分配について種々協議し、一応不動産は適当な時期に売却しその代金のうち、相手方の将来に備え相手方と申立人明において約半額を取得し、その余を他の相続人らにおいて分割取得すること、相手方は定収入のない身だから亡父が関係していた○○質店へ月給額一万五〇〇〇円で勤務することなど定めていたものであるが、相手方は○○質店勤務も間もなく辞め、翌三十四年二月四日頃申立人明が法事を営み旁々遺産分配の協議をとりまとめるべく北海道から帰郷して○○へ来た際には、協議を避けるようにしてその所在をくらましたりなどして上記協議の趣旨に従おうとしなかつたので、遺産分配がその趣旨どおり実現することを阻まれた。

そこで申立人明は他の申立人らの意向を汲んで本件申立書を作成してその申立を田中治に托した。同人は、托された申立をする前に尚幾回も相手方に円満に解決するように勧告したが、相手方の容れるところとならなかつたので、やむを得ず明らの指示に従い、同三十四年四月十四日当庁へ遺産分割調停の申立をしたものである。

調停係属後同三十四年五月一日を第一回期日として十ヶ月余にわたり十数回調停期日を重ねたが、相手方は或は病気を口実に(出頭できない程度の病状とは認められない。)或は弁護士に委任を理由に(委任しようとしたことも認められない。)出頭しないことも屡々で、徒らに分割手続の遅延を計り果てはこれをうやむやに帰せしめようとの態産をとるに至つたので、当裁判所としても理由なき不出頭につき過料の制裁を科することを考慮したが、相手方の現在の境遇(初婚に破れて以後父母と共に暮し、父母死亡後健康も充分でなく独立して生活する能力もないところから本件遺産を独占してこれに全く依存した生活を続け、申立人らの幸福な生活に比して自己の今後の生活に非常な不安を抱いており、申立人らが遺産分配の協議を求めまた本件申立をしたことなどを以て、生活に困らない申立人らが一致して相手方を苦しめるもののように誤解し、いわば一種の被害妄想的な状態にあり、しかも如上の親族間の不和などから孤立した生活を送る四〇才の独身女性であること。)を考慮してこれを不問に付したばかりか申立人らに相手方の現在の境遇などを説明して譲歩を求めたところ、申立人側においては相手方の境遇を理解しその将来の生活を考慮した結果、昭和三十四年十二月七日の調停期日で、相手方が自力で独立することを期待して「遺産のうち株式全部は相手方に単独取得させる外○○不動産を売却してその売得金を相手方を含めて全相続人が均等に分配取得する」という相手方に極めて有利な調停案を了承するに至り、相手方もその頃ほぼこれを納得していたものであるが、その後委任予定の弁護士に相談すると述べながら代理人を選任することもなく、又○○不動産の売却処分には反対で売却の時期を延ばして値上りを待つのが得策であるなどと前記調停案に対する態度を変えるに至り、果ては自己が申立人ではなく相手方であるにも拘らず、申立人側の意向を全く無視して一方的に取下を以て本件を終了させることを繰り返えして主張し、その後の調停及び審判には当裁判所の再三の出頭勧告を受けながら出頭しなくなつて現在に至つたものである。

六、分割方法とその事由

さて叙上の法定相続分の割合即ち六分の一をもつて本件遺産を分割すべきところ、その割合による相続分をここで分割の対象とすべき遺産総額三四四万〇〇七円について金額で算出すると、各相続人一名の相続取得額は五七万三三〇〇円(一〇〇円未満は切捨)相当額となる。

ところで、申立人幸子及び同賀子については、上記相当額から、叙上二の(二)に記載のとおり既に遺産の前渡しとして受領したもの(幸子の分は川崎重工業株三万四五〇〇円要本鉄工株二万〇二〇〇円の合計額五万四七〇〇円、賀子の分は呉羽紡株五万円)を差し引くと、この両名の現実の相続取得額はそれぞれ五一万八六〇〇円(幸子の分)及び五二万三三〇〇円(賀子の分)となる。

そこで、この相続取得額に対しどのように本件遺産を割当て取得させるかについては、叙上認定の遺産に属する物件又は権利の種類性質及びその現況、各相続人又はその配偶者の職業資産収入及び家庭事情、その他本件の経過において知ることができた一切の事情併せ考えると、次のように分割取得させるのが相当である。

(1)  ○○不動産と電話加入権

○○の不動産については、相手方が現住しておりかつ将来もなお引続き居住することを希望しているので、相手方に資産収入があり支払能力さえ確かであれば、これを同女に取得させると共に申立人らの相続分に相当する金銭債務を負担させるのが相当であるが、この方法は相手方に支払能力がないこと及び遺産分割に関する従来の協議調停の経過からみて適切ではない。次に申立人らは、いずれもこの不動産については単独取得を希望せず売却して売得金を分割取得することを希望しているので、これを第三者に売却し又は売却処分を命じてその売得金を分配する換価分割の方法も考えられるが、相手方がこれに現住しており従来の経過からみて任意に明渡すことが予想されないため、価格の低落も懸念されるので、この方法もまた適切とは思われない。そこでこれについては、いずれも金銭分割を希望し代理人たる弁護士も同一人であり今後も共同して統一行動をとることも容易でありその他比較的利害の共通する申立人四名(明美津幸子賀子)に取得共有(持分は均等とする)させ、後日同人らの協議により適当な方法で売却その他の処分をして代金額等を平等に分配させるのが適切と認められる。なおこのためには家事審判規則第一一〇条により、これを相手方から上記申立人四名に明渡させることが必要である。けだし相手方は、この○○不動産に、被相続人生存中は、被相続人の扶養を受ける家族の一員として同居していたに過ぎないものであるし、相続開始後遺産分割によつて該不動産の分割取得者が確定するまでは、すなわち該物件の所有権帰属未定の間は、いわば遺産共有状態における共同相続人の一人として居住していたが、遺産分割によつて該不動産の申立人四名への帰属が確定すると、分割の効力が相続開始の時にさかのぼつて生ずる結果、相手方は相続開始当初から該不動産の共有持分権者でなかつたことになり、従つて一応居住を継続する合法的根拠を失い(すなわち相手方の該不動産利用の合法的根拠は相続開始前は扶養にあり、相続開始後ばその相続分に応じた持分権にあるものと解せられる。)法律上当然には申立人四名にその居住の継続を主張し得るものではなくなるわけである。しかしながら、近時の社会経済事情殊に住宅事情と家屋利用関係の社会性及び遺産分割の基準に関する民法第九〇六条の規定からみて、遺産の分割に当つて、相手方のように遺産家屋に居住する相続人の利用関係は通常の場合特に尊重さるべきであり、従つて諸般の事情からみて相手方の居住の利益・状態を保護する必要ある場合(一般にはこのような必要ある場合が多いと認められる。)には、その居住の利益を評価して、これを相続取得分として相手方に取得させるとか或は該不動産そのものを取得させ代償として債務を負担させる方法等により同人が引続き居住できるよう配慮するのが当然である。しかしながら、本件では、叙上認定の諸事情に照らし、特にその必要ある場合に該当するものとは到底認められないので、該物件については、これを明渡し可能なものとして評価しかつその評価額に拠つて申立人四名に割当て取得させたのであり、相手方の相続取得分には該物件の居住の利益を評価してこれを割当てることなく、その全額を株式で割当て取得させたのである。そうしてみると、本件遺産分割の趣旨を実現するには、相手方は申立人四名に対し該物件を明渡すべきである。

次に電話加入権については、○○家屋に設置されていること及びこの家屋の広さ構造などからみて電話の設置を必要とすることその他を考慮して、この家屋の取得者たる上記申立人四名に共有帰属させるのが相当である。

そうなると、上記四名の共有に帰するもの○○不動産二三八万四五〇〇円(一〇〇円未満は切捨)と電話加入権七万円との合計額は二四五万四五〇〇円に達し、これを四名が均等で分割取得するとなると一名の取得額は六一万三六〇〇円となり、上記四名のそれぞれの相続取得額(上記のとおり、美津及び明は各五七万三三〇〇円、幸子は五一万八六〇〇円、賀子は五二万三三〇〇円)を超過すること、美津及び明については四万〇三〇〇円、幸子については九万五〇〇〇円、賀子については九万〇三〇〇円となるので、これら超過額はそれぞれ上記四名に負担させ、後記のとおり実際の取得額が相続取得額に不足する相続人良子に対し金銭で支払わせるのが相当である。

(2)  △△の不動産

これについては、上に述べた家屋使用及び賃借の事情申立人良子の分割希望その他の事情からみて申立人良子に単独取得させるのが相当である。

ところで、申立人良子の相続取得額は上記のように五七万三三〇〇円であるから、この物件を取得してもなお三二万三三〇〇円に相当する分が不足することになるが、同人は分割方法としてこの物件取得の外は金銭で取得することを希望しているので、この不足額は、法定相続額を超過して取得する上記申立人四名及び相手方から申立人良子に対し金銭で償還させることとする。

(3)  有価証券

有価証券については、上記二の(二)記載のとおり、相手方がその大部分を自己の所有に属するかのように占有保管又は売却して現在に至り、その余の一部は申立人幸子同賀子が遺産の前渡しとして受領し売却しているので、それぞれ保管又は処分した相続人にその部分を単独取得させるのが相当である。

そうすると、相手方の取得額は、上記二の(二)の冒頭に記載のうち(6)の二〇〇株及び(9)(11)を除く爾余全部となり、合計六三万〇七〇〇円(一〇〇円以下は切捨)に達し、同人の上記相続取得額(五七万三三〇〇円)を超過すること五万七四〇〇円となるので、この超過額は同人に負担させ、現実の取得額が相続取得額に不足する申立人良子に対し金銭で支払わせるのが相当である。

(4)  ○○質店への出資額については、二の(六)記載の事由で、相続人全員に取得共有させることとする。

(5)  動産については、二(四)記載の事由で、分割の対象の価額として計上することなく、相続人らの希望あるものはこれを考慮して分割し、爾余の物件は諸般の事情からみて申立人明と相手方とに取得共有させ、その後の処置については両名の任意の協議に委ねるのが相当である。

以上の次第で、被相続人川井広の遺産について申立人五名及び相手方の分割取得分等を主文第一項のとおり定め、なお本件手続費用については家事審判法第七条非訟事件手続法第二六条第二七条第二九条民事訴訟法第九三条を適用して、主文第二項のとおり定める。よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 西尾太郎)

別紙

遺産目録(有価証券と動産に関するもの)

一 有価証券

(1) 日本鉱業  一、五〇〇株

(2) 新日本窒素 一、〇四〇株

(3) 川崎重工業   五〇〇株

(4) 天辻鋼球    五〇〇株

(5) 大阪商船  二、〇〇〇株

(6) 倉敷機械    一〇〇株

(7) 大阪曹達  二、〇〇〇株

(8) 栗本鉄工 七五〇株五〇株

(9) 栗本鉄工    二〇〇株

(10) 川崎重工業   五〇〇株

(11) 呉羽紡績    五〇〇株

二 動産

(1) 黒檀茶箪司 一

(2) 額(独山筆) 一

(3) 丸卓座敷机 一

(4) 赤四角座敷机 一

(5) 碁盤 一

(6) 衡立(夏もの) 一

(7) 同(冬もの) 一

(8) 銅火鉢 一

(9) 鉄瓶 二

(10) 黒平卓 一

(11) 縁彫黒平卓 一

(12) 黒臘色平卓銀金具 一

(13) 伊萬里焼火鉢大 一

(14) 同小 二

(15) 掛軸ひな(花朝筆) 一

(16) 同慶春 一

(17) 同楯彦筆 一

(18) 同帰身示道 一

(19) 同保津川辺 一

(20) 同可喜 一

(21) 同藤花小離 一

(22) 同枝垂桜(下村為山) 一

(23) 同赤壁賦 一

(24) 花瓶 河合寛治郎作 一

(25) 花瓶青銅 一

(26) 同黄銅 一

(27) 同花籠 一

(28) 同青磁 一

(29) 同青瓷 一

(30) 同竹模様投げ入れ 一

(31) 同赤膚山楽斉 一

(32) 同赤茶色投げ入れ 一

(33) 同ガラス(茶) 一

(34) 同ガラス(青) 一

(35) 同瀬戸唐津 一

(36) 伊萬里 寿司皿 一〇

(37) 同 大皿 二

(38) 伊萬里 中皿 五

(39) 茶道具セット 一

(40) 煮茶セット 一

(41) 刷毛目鉢 一

(42) 正月用重箱 一

(43) 大盆 一

(44) 長寿盆 一

(45) 小盆(黒) 一〇

(46) 茶釜 二

(47) 黄銅茶蒸 一

(48) 果物皿 一

(49) 電気冷蔵庫 一

(50) ミシン 一

(51) 三味線 一

(52) 同箱 一

(53) 鎧一式 一

(54) 博多人形ケース入待宵 一

(55) 同上歌女 一

(56) 洋風丸卓 一

(57) 椅子(ビロード張り) 二

(58) ふとん一組

(59) 羽ふとん(黄) 一

(60) 同(赤) 一

(61) 座ぶとん(冬) 二〇

(62) 同(夏) 二〇

(63) 油絵ばら 一

(64) 油絵児戯図 一

(65) 同大島風景 一

(66) 金屏風二双 一

(67) 銀屏風二双 一

(68) 長持 一

以上

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